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Vol. 1 <知事選>

21世紀、初の地方選が終了し2ヶ月が経過した。
それぞれの県、市、町、村で臨時会議が開かれ、新しい組織の議会が構成され本格的な活動が展開されている。この選挙で示された民意は・・・。選挙戦の変化は・・・。候補者と戦術は・・・。戦いを通じて、将来の政治に何を学ぶべきか為すべきか総括してみる。
◆ PART1 知事選について

 5期20年、永きに渉り高度成長とバブル崩壊まで、まさに上昇神奈川の舵取りをしてきた長州知事の引退。共産ネットワークを除く全ての政党の支持によって誕生した岡崎知事の突然の勇退によって混迷知事選の幕があがった。岡崎洋氏は大蔵省を経て最終キャリアは環境事務次官。文字どおりのエリートであった。しかしそのキャリアとは関係なく表裏のない誠実な人柄と実績で厳しい財政状況の本県のリーダーとして、その責任を果してきた。世は挙げて地方の時代を標傍し、石原、橋本、浅野、北川といった知事の個性が広くマスコミに登場するなか、地味にしかし着実に苦しい道程を耐えてきたとも言える。選挙を抱える全ての政治家にとってマスコミに登場し、脚光を挙びることは好ましい。そして誰でも望むことでもある。岡崎氏であっても同様だと思う。違うのはマスコミでとりあげられるより、真実を求めることの大切さをよく知っていたのだと思う。派手な見出しになるパフォーマンスが人々にどんな影響を与えるのか、本来の目標と世論の期待の格差をよく理解していたのだと思う。結果、TVやマスコミの露出度は低く、浮ついた人気が沸涛しなかった。しかしこれだけ不況が長びき、雇用は低滞し人々の暮らしが厳しいことを知れば知る程、パフォーマンスと無縁にならざるを得ないのは当然のことだ。

◆ 知事選挙に到るまで。
 こうした背景のなか、世間の予想に反し、岡崎知事は勇退を表明した。指示する政党はどこも再出馬への打診も型どおりのものとなり、候補者の選択へと移った。

◆ 個人 対 組織 (政党)

 各政党は岡崎知事誕生のきっかけとなった合同協を発足させ知事の選考に入った。しかし8年前と政治環境は大きく変化していてたのを合同協を組織した方々に認識があったのか、大いに疑問である。もとより合同協を否定しているのではない。各政党がそれぞれのアイデンティティーを持ちより政策協議を経て候補者を決定することは行政の安定を目指す方向としては正しい。しかし一方、小泉総理の誕生の経過をみれば組織や派閥の話し合いが否定され、国民を巻きこんだ(国民には自民党の投票権がないにもかかわらず)果実として勝利した訳であり、方向はまったく逆といっても良い。
◆ 満を持した松沢氏
 こうした合同協の働きを誰よりも歓迎したのは満を持し立候補へのタイミングを計っていた松沢氏であった。無所属、無党派で戦う(実際は選挙で、管代表、小沢代表の応援を受けた)ことを戦術の基本と考えていた松沢氏にとって願ってもない合同協となってしまった。松沢氏は組織、政党の談合とき目付けマスコミにアピールした。もちろん松沢氏は民主党の代議士であり、民主党も合同協のメンバーであった。政党人としては自らの所属する党を否定することであり常識では考えられないことには違いないが、知事の候補者としては100点のタイミングとなった。これは小泉総理の自民党をぶっ壊す発言と共通であり、マスコミにとっては最高の見出しとなった。
◆ リードする松沢、追う自公
 これで出馬が確定した松沢氏に対し自公は対峠し、松沢氏に勝てる候補の選考が課せられた。ここで考えなければならないのは統一選挙であることであった。自民、公明、県政21の県議会候補者がともに戦いをすすめれば、たとえ相手が誰であろうと100%に近い勝利がみえていた。事実、この3組織の公認候補者のそう獲得数は150万票という巨大なものであった。それには早く立候補者を決定することが最大の急務であった。しかしながら、候補者選考は難行を極め直前まで決定しなかった。正月に決定できていればかなりの確率で松沢知事誕生を阻止できたに違いなかった。何故ならこうした混迷を見据え、第3、第4、第5の候補者が出馬してきたからである。立候補者が増えれば増えるほど自・公・県の候補者は絶対優位は当然のことだからである。しかし結果は100万票を僅かに超える票で終始この選挙のトップランナーであった松沢氏が逃げきった。前述したように自民、公民、県政の同日選挙の投票は知事選における成果とはなり得なかった。
◆ 松沢知事1位は相対1位
 100万票大台の知事の誕生の成果は正しく評価する必要はある。しかし松沢知事の信任は石原知事と比すならば絶対的なものではない事も事実である。第2位第3位第4位の総合票ははるかに松沢氏の票をオーバーするからである。反松沢の観点からみれば松沢不信任となるのである。その点票差は僅かでも中田横浜市長は絶対1位である。この厳しい評価を松沢氏はどう考えているのかが今後の県政の鍵となる。
◆ まだまだ野党の国会議員 松沢知事
 松沢知事のパフォーマンスは一層その度が過ぎている。もう知事であり行政の長でもあり860万県民のリーダーである事実より目立ちがりやの政治家の方に興味があるようである。首都圏構想やカジノ発言はまるで石原都知事に秋波を贈っているようで見苦しい。もとより広域行政や雇用と経済活性化、地方財源獲得の為のカジノ構想は、私の持論でもあり、その方向性は間違ってはいない。しかし神奈川のアイデンティティーそのものは、いかに東京から自立するか、東京にない地域性や国際性を発揮するか、東京では達成できない魅力を創造するかがKey Wordになっていることを認識しなければならない。東京都首都圏構想のテーブルにつくことは、即飲み込まれることを自覚しないかぎり、神奈川のリーダーとはいえない。伝統、歴史、文化どの切り口をもってしても神奈川は東京に負けない。しかし東京の圧倒的な財政力と首都圏である事実には勝てない。もっと神奈川の将来とプライドに裏打ちされた広域行政のあり方を提言しなければならない。転都には私は疑問を持っている。しかしいかに展都を推進するのかは重要な視点である。野党政治家を求めて支持された訳でない知事はもっと冷静に足許をみつめて欲しい。
◆ 矛盾する行政改革論
 臨時議会最終日に副知事の人事案件が提出され圧倒的多数で否決された。伊藤文保、水口信雄両副知事の任期満了に伴い、空席となった2人の副知事の後任に尾高理事を副知事にという提案であった。尾高氏は京浜臨海部活性化の担当理事として人柄のよさと熱心な活動で高い評価を得ている有数の人材の一人である。私個人としてもまだまだ反対運動が盛んな「湘南国際村」の建設前に、これを推進すべく、ともに汗を流した同士でもあり、敬愛できる戦友でもあった。今でも彼は副知事の資格は充分と思っている。何故同意しなかったのか?それは知事提案理由とタイミングは推拙すぎるからである。2人の席に何故1人の推挙なのか?この疑問に知事は「行政推進のため」と答えた。おかしな話である。松沢氏は就任と同時に自らの選挙スタッフである今岡氏と千葉氏を非常勤で採用した。もちろんアルバイト採用であるから議会の同意は必要ない。しかしこの2人のアルバイターの貸金は年俸2000万円を超える世界一高い非常勤職員である。同時に何をするのかよく解らない。財政推進のうえで絶対に必要な人材とはとても思えない。単なる選挙功労人事と指摘されても反論できないであろう。この2人の採用は天下ご免、副知事は行革のために1人を!これでは話が矛盾している。同時に知事は6月の定例議会ではじめての所信を述べる。併せて代表、一般質問を受ける。人事を執行する前に自らの県政に対する意見を述べ、行革や分権、財政問題、組織論や人材について、県民に政治家としてではなく知事として解明しなければならない。それから人事を執行しても決して遅くないし、それが順当だ。さらに風評では6月議会でも副知事の提案を考えているとか?周辺の政治家、行政環境が変らぬ限り可決はない。いたずらに自らの威信をひけからすことによって有為な人材が褒なれることに心の痛みを感じざるを得ない。
◆ 談合・根廻し発言は自らの首を締める
 話し合いや協議することを談合と呼び、批判する。充分な解明や理解を深める為に議論することを根廻しと呼び拒否をする。喜ぶのはマスコミだけである。本人は今流で格惜いい、さわやかを演出しているのだろうが現実はそれ程幼稚ではない。とは言え、本人もそこそこには談合し、根廻しをしているのだろう。他人の話し合いが談合、根廻しと決めつけるのであれば余にも情けない。こうした発言が行財政の運営にどれだけマイナスになるか冷静に判断する必要がある。行政運営に直接関わっている職員がどんな想いをもっているかトップリーダーとして勉強しなければならない。ともに目指すものは860万県民の「くらし」と「希望」である。それは「共に」目指すものであり、知事だけのものではない。
 

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