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佐藤 雅 (さとう ただし) さん
◆ 明治の男の魂を今に伝える 元海上自衛隊横須賀地方総監
 
 国民の様々な角度からの注目をあびながら有事法制が成立。イラン特措法も成案された。戦後50年以上経過し、ようやく国際社会の一員として独立国家となったと認識している人も多く存在するだろう。一方、アメリカ一辺倒の対策で良いのかという疑問の声があるのも事実である。更に自衛隊法の見直しや改憲への一里塚という見方もある。
総じて国防、安全保障、国連の機能、核開発や北朝鮮拉致問題と外交。こうした分野での議論が高まりつつある現実は評価すべきと考えている。こうした背景の中「佐藤雅」さんとの対談が行われた。
 
◆ 海上保安大学出身の総監
牧島: 最近の自衛隊の幹部は圧倒的に防衛大学出身者で占められていますが・・・

佐藤: 私は海上保安大学7期の出身です。防大でいくと5期になります。当時は保安大も防大も大きな差はないと考えていました。

牧島: どんな経歴ですか。
佐藤: 昭和13年生れです。父が満州鉄道に勤務していました。小学校1年生のとき敗戦そして引き上げ者として日本に帰りました。当時の満州のでき事や風景、人々の動きなど良く憶えています。大連から博多に戻りました。男4人の次男であった私は船との縁が終生ついてまわったのでしょう。
牧島: 海・船の魅力にとりつかれた人生であったと・・・。
佐藤: そうですね。保安大卒後、江田島の幹部候補生。ずっとそれから潜水艦一筋でした。

牧島: 佐藤さんは8年前横須賀総監に着任しましたが、防大出身者と比べてハンデはありませんでしたか。
佐藤: 私は同期のなかでも優秀な成績とは思っていません。しかし海上自衛隊は人事に対して公正なところと今でも思いっています。ハンデがあったという認識はありません。
牧島: 総監時代に考えたとは。
 
◆ ペルシャ湾(湾岸戦争処理)と阪神淡路大震災
佐藤: 私の2期前、原田総監時代に湾岸戦争と戦後の掃海艇による魚雷の処理がありました。湾岸戦争そのものはTVや新聞で大きく報道され、日本国民は近代戦、ハイテク戦をゲーム感覚でみていたのだと思います。しかしペルシャ湾の安全航海は日本のエネルギ供給の命綱ともいえる大きな事案でありました。同時に日本の国際貢献への評価も求められていました。横須賀から出航する艦船は戦争反対のシュプレヒコールのなか、隊員は口惜し涙でペルシャ湾に向かったのです。世論もマスコミも反対の意向が強かったと思います。しかし災暑のなか掃海作業そのものや人間ドラマが報道され、世界の人々が自衛隊の活動に敬意と感謝を示すなか世論は変化してきました。艦船が成果を収め帰国した時、横須賀の港にも出航時と同じように船が繰り出されていました。臨海公園にも多く人々がおりました。しかしその船も人々も「日の丸」の旗を掲げていました。この光景は出航と入航でも一変していたのです。自衛隊の歴史のなかでも大きな一頁となったのです。
牧島: 私も1個人として「日の丸」の旗を3,000本用意させていただきました。足りなくなったのを憶えています。そして桜友会が服部湘南信金理事長を会長として設立され、盛大な歓迎レセプションを横浜プリンスホテルで開催しました。
牧島: そこで阪神・淡路大震災がおこります。
佐藤: この震災と自衛隊の活動も自衛隊の歴史のなかで大きな出来事となります。

牧島: 震災発生時には自治体との連絡が必ずしも充分ではなくて・・・
佐藤: そうですね。救助にあたっていろいろな事がありました。しかし多くの国民は自衛隊の活動に理解と感謝の心を示してくれました。併せて自治体の自衛隊に対する評価と認識が大きく変わったのです。
牧島: 県知事が長洲さんから岡崎さんへと変わりました。私が提唱した第1回の防災懇談会も佐藤総監時代から始まりました。
佐藤: 災害対策は平素の関係、チャートの作成を基に総合的でなければなりません。そうした意味でこの懇談会は意義が大きかったと思います。
牧島: この会議は松沢新知事になっても継続されており今年も7月25日に開催されました。第1歩を築いてくれた佐藤さんに感謝しています。
 
◆ NPO体験学習センター。三笠保存会について
牧島: 退官後の活動については・・・。
佐藤: 現在NPO法人体験学習センターの理事長をしています。自衛隊OBの人々は積み重ねられた経験と知識、技能をいかにしたら社会還元できるか?青少年の健全育成を自然体験やキャンプ生活、海洋教育、IT教育などの手法により生かしていこうと考えています。
牧島: このNPOの他に「三笠艦」の保存を目的とした三笠保存会の理事長にも就任されましたね

佐藤: 三笠は明治の時代に国の独立と存亡を賭けた象徴なのです。国の財産としてこれを展示し、保存することは国民の義務であると思っています。
牧島: まもなく日本海戦100年を迎えますが。
佐藤: 2005年に100年を迎えます。私は今の若い人達に日本の近代史を理解して欲しいと念願しています。併せて明治の人達の気概、誇り、プライドも解って欲しいと思っています。世界の状勢とアジア、日本の立場。こうした歴史感が正しく伝えられているか疑問に思います。正しい歴史認識をこの横須賀発信したいとも考えています。
牧島: 日限も迫っていますが、具体的な事業の構想はどうなっていますか。
佐藤: 私は単なる祝勝行事として行おうとは思っていません。基本的には日本人とは、誇りとは何かを問う行事をと思っています。又この事業を新しい日露有効の礎えにしたいと考えています。講演会を全国各地で開催します。横須賀ではロシア戦艦の「オーロラ」の参加を呼びかけ慰霊行事の開催が可能か準備しています。日・米・英・露の艦船の集合と、新しい交流、正しい歴史感、日本人のアイデンティティーが発信できれば最高と思っています。又文化面でも淡交会裏千家の献茶は既に決定しており、文化の発信にも期待を寄せているところです。
 
◆ まとめ
 熱い想いが新しい感動を呼びおこす!温厚な人柄そのままに淡々とした語り、しかしその胸のなかには熱い軍人としての誇りと同時に失いつつある明治の男の魂をみた。誤った歴史認識によって日本のアイデンティティーが迷路にさまようそんな昨今の状況を憂え、「日本海戦100年」を機に警鐘をとの想いが伝わってきた。ロータリアンとして、又自民党政治大学の講師として、日々の活動そのものが意欲に溢れている。
2005年にはロシアの戦艦の参加も呼びかける。この壮大な気概が実現されることを念願せざるを得ない。対談後すがすがしい気持ちになった。久々のことである。

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