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冬に花咲く“一瞬の夏”

◆ カシアス・内藤(内藤 純一)さん


カシアス内藤さんと


  カシアス内藤

 本名:内藤純一
 父は米国人、母は日本人

・1949年5月10日横浜生まれ
・70年日本王者
・68年プロデビュー
・71年無敗のまま東洋王者に
・74年防衛戦に敗れ引退
・78年にカムバック
・79年東洋タイトル戦に敗れ
 再び引退


 作家 沢木耕太郎さんの「一瞬の夏」はボクシングファンだけでなく多くの若者の心を揺り動かした。

 特異なキャラクターで人気を得ていたプロボクサー・カシアス内藤の栄光と挫折を厳しくも暖かいまなざしでみつめてきた作者の魂が青年達の感動の源泉となったのであろう。

 とぎすまされた肉体と黒い肌、憂いをたたえた瞳、広くひろがったアフロヘアー。
  名伯楽と評価の高かったエディ・タカウントコーチの指示にうなづくカシアス内藤のリング上の雄姿は、今でもしっかりと映像として私の脳裏に 刻まれている。

沢木耕太郎さんと
  卓越した身体能力とエディ氏の愛情で必ず世界チャンピオンを獲る男との評価と、どこかでつまづくに違いないと人々の胸に不安が広がることを否定できない弱さを共有していた姿でもあった。
 
◆ ボクシング・ジム開設
  2月1日よる6時。横浜市中区の石川町駅前のビルの2F。

  約100名の人々が集まり、ジムのオープンを祝った。
 プロボクサーやジムの関係者の姿はなかった。母校、武相高校ボクシング部の先輩や同級生、後輩達、もちろん沢木耕太郎氏。狭いジムは足の踏み場もなかった。
  しかし冬の冷気がとけるほどの熱い想いが漂っていた。

 現役の頃よりスリムになったカシアス内藤がマイクを握った。
 口頭癌を宣言され、手術を医師から勧められるも拒否をしつづける男が静かに語りはじめた。


 多くの人々の愛情と応援のお蔭で今日を迎えることができ本当に嬉しい。
 2月1日は恩師エディ・タウンゼントさんの命日。26年振りにリングに戻ることができて感謝で一杯です。
 私の望みは、このジムで青少年や女性にボクシングの楽しさを教えること。
  プロを育てることは夢の一つ。
 僕の果たし得なかったことを実現する男を指導していきたい。
  でもそれよりも多くの人々が訪れてくれることを目標としている。

 スキンヘッドとふちなしの眼鏡がすっかり雰囲気を変えてはいても、言葉一つ一つをかみしめて、時には遠くをみつめるような少年のような表情はまさにカシアス内藤そのものだった。

 私はカシアスに言った「早くプロボクサーを育てたいね。」
 カシアスは「まだプロのリングになっていないんです。だからプロの関係者には呼びかけをしなかったのです。ライセンスがとれるような青年を生みだすことができた時、また新しい一歩が始まると思っています。」

 人とのふれあい、折り目や節度をもっとも大事に考え、過剰なPRを好まない男の強さと弱さをそこに垣間みた。

 このジムの将来と重なり合って時の流れに添っていく元プロボクサーは現役のときと同じように、ファンや仲間達に期待や希望と隣り合わせで心配や不安を抱かせつつ、大つぶの汗を涙といっしょに流れていくのだろう。

 愛すべき男、カシアス内藤がプロのリングにエディの生まれ変わりとして心から祈りたい。

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