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石川 顕 (いしかわ あきら) さん
◆ 元TBS アナウンサー
 高音で空気を切り拓くような硬質なトーン。スポーツアナとして数々の感動と類いまれな情趣の世界を、より適確により鮮明にリスナーに届けてきた石川顕さん。ぶれずにTBS一筋に生き抜いた彼の人生訓に、三浦半島で生れ育った「阪東武者」の血のたぎりを視た。
 
〈生れた時からアナウンサー〉
牧島: 永い間のアナウンサー生活に一つのピリオドを打ちましたが・・・。

石川: 39年と4ヶ月。スポーツ・アナ一筋で通してきました。今、数々の感動のドラマが甦えり、感無量です。

牧島: アナ志望はいつのころからですか。

石川: 田浦小3年のとき、国語の時間、本の読み方が上手いと先生に言われて「君は将来アナウンサーになればよい」とおだてられ、その気になって一直線です。

牧島: その先生は先見性があった・・・。

石川: そうですね。高校(鎌倉学園)では弁論部に入部、全国大会で優勝しました。
それから早稲田へ進学、もちろん放送研究会で活動しました。一年先輩にフジTVの露木茂がいました。

牧島: 初めからスポーツアナを目指したのですか。

石川: 父が大の野球ファンで、よく今の横浜スタジアム、昔のゲーリック球場、その後平和球場によく行きました。NHKの志村さんの放送にあこがれて・・・。

牧島: ではNHKに・・・。

石川: 私は長男でこの横須賀を離れることはできない。この街。この谷戸が大好きで、転勤のあるNHKはどうも。ということでTBSに入社したのです。ですから39年間、全て自宅から会社へ、現場に通いました。

牧島: それは又、強烈な郷土愛ですね。

石川: 今でもそうですが、家の周りの環境が一番、季節感が満ちていると思っています。とても他の街では暮らせませんね。
〈ドラマに満ちた放送の歴史〉
牧島: アナになって、どんな放送の歴史がありますか。コマ送りでどうぞ。

石川: もちろん最初は時報のお知らせからです。そして現場でアシスト。実際は昭和42年から「キック・ボクシング」の実況からです。

牧島: 当時はすごい人気で、ゴールデンアワーに放送して。

石川: そうです。22〜23%の視聴率でした。

牧島: 沢村選手など活躍して、横須賀からも多くの選手が誕生しましたね。

石川: 今では浄土宗、芝増上寺の管長をされている「寺内大吉」が解説で。

牧島: ベレー帽で解説をしていましたね。

石川: 寺内先生とは永いおつきあいになりまして、大変可愛がっていただき、仲人までお願いしました。
〈野球の放送について〉
牧島: 野球放送では・・・。

石川: 初めてマイクに向かったのは後楽園球場で、東映フライヤーズVS西鉄ライオンズでした。もうすでにこのティームはありませんが、東映は水原監督で尾崎行雄、張本、毒島選手が活躍していました。西鉄は中西太監督でした。

牧島: 最初は「あがって」なんてことは。

石川: マイクの前で「あがった」と実感したことは一度もありません。

牧島: やはり生れた時からアナウンサーですよ。

石川: それとサッカー放送は一度もありません。野球にどっぷりつかった私が、サッカーの実況はどうもね。頑固かも知れませんが信念に近いものがあって。

牧島: それも又、驚きですね。野球でもっとも感動したシーンは。

石川: なんといっても王さんの756号ですね。
 
〈世界の王を語る〉
牧島: 後楽園でライト・スタンドに、確か国鉄スワローズの鈴木投手でしたね。

石川: そのとおりです。実況は渡辺謙太郎先輩で、私は王選手のリポーターでした。

牧島: それでは間近で感動を共有させた・・・。

石川: なんといってもONの全盛期にマイクを持てたのは幸せでした。特に王選手の練習はすごかった。

牧島: 荒川コーチのもとの練習は伝説になっていますね。

石川: 素振りでタタミがすり切れた。あれは本当です。それに真剣でのワラ切りも事実です。まるでボウリングのピンのようなふくらはぎで、とんでもないスピードでバットを振り込み、すごかったです。 以来、王さんとは文字どおり家族ぐるみのおつきあいをしています。それに今ではメジャーのスターとなったイチローも、佐々木主浩もデビューの時に実況しました。デビューのときから、この二人の将来性には確信をもっていました。
 
〈忘れ得ぬこのシーン〉
牧島: 40年に近いスポーツの現場で、忘れぬことのできないシーンを。

石川: いろいろあります。オリンピックにも心が踊りました。あのユベロスがディレクターをして、商業主義と批判はありましたが、華やかで感動的でヴィジュアル効果が充分に発揮した、素晴らしいオリンピックでした。レスリングの富山選手のゴールド・メダル獲得のシーンの放送ができましたし・・・。
それにアメリカの国技ともいうべき、スーパー・ボウルのキック・オフ、あれもすごい。大観衆がまるで嵐のように、大きくうねるのです。アメリカの巨大なエネルギーが一つになる瞬間です。空間が揺れるのです。 同じようにインディ500のスタートもすごい。あの興奮を伝えるのは至難の技です。まさに空気を切り裂く轟音、これの表現は難しい。すざましい機械の叫びです。それと1986のマスターズです。低迷を続けて引退説もささやかれていた、ジャックニクラスの復活もすごかった。あのオーガスタに響きわたる「JACK IS BACK」の大歓声は今でも耳に残っています。マスターズは4回実況をしましたが、他のトーナメントとは全く異質なのです。全米とも全英とも違うのです。マスターズは祭典なのです。そしてスーパーヒーローが一番似合うのです。それだけにジャックニクラスの優勝はアメリカの歓喜だったのです。
 
〈地域文化の振興を!〉
牧島: 石川さんのお話しは実況でなくても、その場の空気がこちらに伝わってきます。これからどんな活動を・・・。

石川: とりあえず講演やスカイパーフェクトのマスターリーグの実況中継等で、仕事は続けていきます。気おわず楽しく遊び感覚で、楽しい放送や講演できればいいなと思っています。

牧島: 地元には有線TVの「ジェイコム湘南」や「FMブルー湘南」もあります。地域のメディアにも参加して下さい。

石川: 私は横須賀生れで、横須賀育ち。この街は大好きです。地域の為になることには積極的に取り組みたいですね。

牧島: 是非よろしく、共に街のため、子供達のために頑張りましょう。

石川: 今はやっとカゼをひいてもいいかな、という心境です。この40年間、病気やカゼに絶対負けないという信念で生きてきました。私の最も支えになった言葉は「プロズプロ」PRO’S PROです。プロフェッショナルの自覚が薄れつつある昨今、古いかも知れませんが、私の生き方の全てでした。最後に私は牧島さんを政治のプロズプロだと思っています。
 

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