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光りを放つ 星加 良司(ほしか りょうじ)さん

◆ 東京大学大学院社会学研究科・博士課程

 星加良司さんと食事をしながらお話をしようと、私は横浜スタジアムに近い場所を会場に決めた。スポーツ好きという共通項を持つ者同士、プロ野球の番組についても語りたいと思っていたからだ。星加さんにとってプロ野球の中継は最も好きなプログラムのようである。

  彼はテレビを聴く。私達も時折ラジオの中継放送を聞く。いつも早くテレビを見たいという衝動にかられる。星加さんはきっとテレビの中継を聴いて、ラジオの放送を聞きたいと思うのではないかと私は考えている。

  テレビもラジオも同じ場面をリスナーに届けているのである。テレビの放送で欠けているのは現状の細やかな情報。空の色や風の方向や強さ、観客のどよめきや興奮、選手の表情や監督の苦悩。こうしたものは解説するより画面の方がはるかに説得力があり、言葉はいらない。ラジオ放送はおおげさでしゃべりすぎ。言葉の氾濫でかえって状況をわかりづらくしている。単なる外野フライでもホームランかと錯覚する時がある。変化球なのにストレートのように感じることさえある。スポーツ中継の表現に特徴が出るのはメディアの違いだけではない。


 星加さんに野球とサッカーの中継放送について意見を求めた時、彼は「私だけでなく、視覚障害者全体に共通していることかもしれませんが、野球ではプレイヤーの動きを伝える時間的余裕があり、更にリスナー側の予測可能性が高いという点で、サッカーよりも野球の方が楽しむことができます。」と答えた。

  星加良司さんは幼い時病気で光を失い、母親を中心とした家族や関係者の理解と尽力で勉学に励み、東京大学に進み、現在は社会学の研究を続けている。中学生の時英語の弁論大会である高松宮杯で優勝し一躍脚光を浴びた。そして全盲の優勝者として彼のスピーチが教科書に収められ、講演なども数多くこなしている。


 私はゴルフ協会横須賀地区の会長として「障害者チャリティーゴルフ」に参加し、全盲の人と健常者が一緒にプレイを楽しんだ経験を星加さんに話した。同じコース、同じグリーンで、同じクラブを使ってプレイした。

  この大会では一つのホールを健常者がアイマスクを付けてプレイする。かなりの腕の人でもボールを打つことは不可能に近い。私も空振りや、とんでもない方向に打ってしまう。とてもゴルフにはならない。健常者はアイマスクをして見えないのに目を開けて見ようとしている。アイマスクをしたら、静かに目を閉じボールに向うと結果は違うものになるのだという。健常者が全ホールアイマスクをしてプレイをしたら、全盲のプレイヤーに勝つことはまずない。

  ゴルフにはハンディキャップという制度があり、様々な条件の人が楽しめるようになっている。星加さんは「大事なのはルールなのです。全てのスポーツはプレイヤーがルールを作ります。健常者と共に同じステージに立てるゲームは貴重です。ルールは人が作ったものなのですから工夫をすればもっと楽しくスポーツに取り組めます。」と笑顔で語った。

 最近特筆すべきスポーツがあった。異種格闘技だ。ボクサータイプの立ち技中心の選手と、レスリングタイプのグランド技を得意とする選手の対決であった。ルール上、立ち技で戦えばボクサータイプの勝利は確定的であり、無制限の寝技が OK ならレスリング選手は圧倒的に有利である。

  昔世界一のボクサー、モハメット・アリ(カシアス・クレイ)とアントニオ・猪木プロレスラーが戦った。 3 分 15 ラウンドのボクシングルールで全世界の注目を集めて世紀の異種格闘技が行われた。その結果、ものの見事にかみ合わず世界を落胆させる結果となってしまった。今思い返しても、期待の高さに反比例する戦いであった。

  先日の戦いはルールに大きな工夫があった。 1回 5分間のうち寝技時間を 30秒認めたのである。ボクサーは蹴り、パンチを繰り出す。レスラーは飛び込み、タックルをかけ相手をマットに沈める。緊迫した戦いに観衆は息を飲み戦いを追った。
  これはまさにルールの工夫である。知恵を絞り新たな可能性をさぐり、ルールを工夫する。それが「共に生きる」為に最も求められていることを星加さんも静かに指摘している。


 星加さんとの会話や行動を考察する時全くと言って良いほど彼のハンデは気にならない。いやむしろ彼自身にハンデの意識は一片もないような気すらした。彼自身日常の活動が健常者と何ら変わらないからかもしれない。

  最も大切なことは世の中には様々な人々が存在することをお互いに理解し合い、心を通わせ共に生きることなのだと彼は語る。ハンデを自ら意識しない、敢えて意識しない、そういった生き方を彼はしていると思えてならない。彼のアイデンティティが今日求められる人材であると私は確信している。星加良司さんはごく自然体で暮らしていく中で色々な観点から共有できるルール作りを提唱してくれることだろう。

  食事が終わり彼と別れるとき、握手を交わし横浜スタジアムでの野球観戦を約束した。私と彼が並んで座り共に素晴らしい一時を過ごすための秘訣は必ずあると私は信じている。
対談を終えて・・・
◆ 星加 良司さんからのお便りをご紹介いたします。
 牧島先生にお目にかかったのは何度目かになるが、そのたびに迸るエネルギーと存在感に感服し、圧倒される。
  このような言い方は失礼に当たるかもしれないが、自分の親と同世代であることを考えると、驚異的ですらある。先生との会話を通じて考えが整理された こともあり、僭越ながらここに小文を寄せさせて頂くことになった。
 私は視覚障害者だが、牧島先生によれば、「ハンディを意識しない」生き方をしているように見えるらしい。そのように見えるのだとすれば、それは自らの障害に対する私の捉え方が、きわめていいかげんであることと関係があるのかもしれない。

  人はルールの中で生きることを迫られるが、そのルールは人によって作られる。私にとっての障害は、現在の自己を形成してきた要素の1つでもあり、既存のルールの中で生きる上でのハンディでもあり、既存の ルールの問題を意識し新たなルールを構想するための武器でもある。ハンディは意識するが、それを自分の中に内向き・後ろ向きに閉じ込めてしまってはつまらない、と常に思っている。

  プロ野球が開幕した。私の応援する広島カープは、セリーグで最も優勝から遠ざかっている球団になってしまったが、ファンとしては例年同様この時期の期待は大きい。戦力の絶対値では劣っても、好結果を残すための方策はあるはずだ。
  ただし、だからといって、 構造的に戦力の格差が固定化するルールを放置してよいとは、全く思わない。ここでも、既存のルールの 中でしたたかに闘うことと、公正なルールを構想し実現していくこととは、矛盾なく両立し得るものだと信じる。

  プロ野球界の改革元年と言われる今年、ペナントレースとともに構造改革の行方にも注目したい。アイディアはいくらでもある。
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