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走水の「神秘の水」を守れ!

 パワー・スポットが注目されているようだ。

 古い言葉で表現するなら「霊験あらたかな場所」となるのだろうか?TV出演で著明な人が自ら定め、本も出版したようだ。三浦半島では、「走水神社」が指名され多くの、特に若い女性の来訪者が急増していると聞いた。

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パワースポットとして賑わう走水神社
 確かに古事記や日本書紀に記載されている「大和武尊」「弟橘媛(オトタチバナヒメ)」の伝説や、未だに解けぬ「走り水」の水源の謎だけでもパワー・スポットの価値は充分に満たされている。

 走水神社では、伝説にのっとり海の安全、大漁の祈りが祭り事の中核を為し、例大祭における渡船渡御は勇壮で海の男のロマンが具現される。

 同じように「弟橘媛」の碑も存在しており、「包丁祭」「針供養」も主要な行事として斎行されている。

 包丁塚の前で繰り広げられる「四條流」の包丁揃きは古式にのっとり厳粛であり、匠の技を見事に演じている。台所から包丁が消えようとしている今、正に貴重な儀式となっている


「弟橘媛」を祭る「舵の碑」

走水神社境内の包丁塚
 「針供養」もユニークである。境内一杯につるされた着物の数々、日常の子供達の普段着が風にそよぐ姿こそ、日本の原風景であり、母の愛情や貧しくとも「けなげ」な日本の伝統を思い出させてくれる。

 針に感謝を込めて豆腐に捧げ祈る姿は「優しさ」の象徴とも表される。針も又包丁と同じように家から家庭から消えつつあるのが現実だ。

 走水の水は太古の昔からこの地の恵みの原点となっている。帝国海軍が横須賀に基地を求めたのには、この水の存在があったからと伝えられている。

 現在でも日量300トンの湧出量を誇っており、水の美味さと質は天下一と評されている。確かに走水の海は豊かな漁場となっている。ここの海苔の旨さは日本一である。

 昭和53年、この水について検証が実施された。それによると走水の水の源は富士山にあという。富士の水が何故ここに?より科学的な本格調査が次世代のために求められている。

 一説には30年50年の歳月をかけ駿河湾、相模湾を経由し、三浦半島葉山付近から走水に至る経路があるのではないか?この説はかなり有力とも云える。三浦半島台地に降る雨量で日量3000トンは確保できないからである。

 同時に水質や水の含有物の分析からいっても雨水が主源流説は、説得力がない。富士山の水であるなら、その経路からいっても、「神秘」と呼ぶにふさわしい。

 秋谷温泉、阿部倉温泉、大矢部温泉、走水と三浦半島を横断する断層地区に温泉が湧出する事実もこの解明に大きな手がかりとなるかも知れない。

 もう一つの説として、酒匂川が現在の位置でなく、古代には三浦半島に向けて流れていたと主張する人もいる。箱根山系から足柄平野、相模の国から鎌倉へそして横須賀へとなれば、この説も壮大なロマンを甦がえらせる。そういえば、国府津、二宮付近は橘郡と呼ばれている。「媛」との係わりも否定もできないのではないかとも思われる。

 このように謎に満ちた「走水」水源直近に大きな「やぐら」が建設されている。

 横々道路の終点、馬堀海岸インターチェンジの隣接地である。街づくり、にぎわいづくりの拠点として市が公募、受註した「案」がスーパー温泉なのだという。その温泉の試掘が始ったようだ。


温泉試掘のために建てられたやぐら

 地下1500Mの水脈を掘り当てるそうだ。前述したように多分水脈は存在するし、温泉を掘りあてることは可能だろう。しかし「にぎわいづくり」の拠点として温泉はこの地は適しているのだろうか?観光資源として有益なのだろうか。

 豊かな自然や伝統や三浦半島の可能性を表現するような施設の方が良いのではないかと思っているのは、私一人ではないだろう。全国どこにでもあるようなスーパー銭湯が街づくりに大きな貢献をするとはとても思えないのである。

 もっと大きな課題として「神秘の水」にもしものことがあれば、とり返しのつかない愚挙となる。水源が枯れるとか、水脈に変化をきたすとか、水が汚れるとか、心配の種は尽きないのである。そんな事は絶対にないと誰が決めることができるのであろうか?

 間違いを犯してからでは遅いのである。「水」を守ること、「街づくり」のあるべき姿をもう一度しっかりと点検し、議論すべきと考える。

 今私達に与えられている環境や自然や伝統文化は祖先からの贈りものであると同時に未来への預かりものであることを、認識すべきなのである。


走水水源地から見える富士山

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